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リベンジ北陸路! ~食パン地獄篇~

#「往路・急行能登乗車篇」からの続き。今回も激しくマニアックです(汗)。


 急行「能登」に乗車し、旅行のメイン目的を一つ果たしました。
 残るは寝台特急「北陸」に乗って帰ることですが、それだけだと日中に何もやることがないので、前回見ることが出来なかった電車の乗車をサブ目的としたわけです。そいつを見るために「能登」を下車してすぐに、新潟行きの特急「北越1号」に乗車しました。

 「食パン地獄」と、かなり意味不明なタイトルを付けましたが、この「食パン」って奴が今回私が見たがっていたものです。正式名称は419系電車。国鉄からJRに移行する際に、寝台特急の車両を普通列車用に改造した車両です。
 国鉄時代、地方の各駅列車は客車によるものが主でした。国鉄末期には幹線に電車が徐々に投入されつつありましたが、交流電化区間の運用がネックとなっていました。交流電化は地上設備等が安い代わりに、専用車両が非常に高価なのですが、当時の国鉄にはそんなものを新造する余力がありません。そこで、丁度新幹線の延伸によって余剰となった寝台特急電車を、中身だけ各駅停車用に改造しちまおうというウルトラCをやったわけです。
 アイデアは良かったのですが、予算の無い中で無理矢理に普通列車に改造したものですから、色々と破綻だらけの車両となってしまいました。これが地元の人間には大変不評ですが、好事家からすると大変興味深いゲテモノだったワケです(笑)。


 ウンチクはこれくらいで。予めネットで仕入れた予備情報によると、どうやら富山6時53分発の直江津行きの各駅がコイツらしい。作成したダイヤグラムによると、乗車した北越が泊駅でコイツを追い越す筈です。泊駅には7時50分着。はたして、、、

  
※食パン画像は(株)タカキベーカリー様より拝借^^;

 いました! これが問題の「食パン電車」です(笑)。
 前述の通り、寝台特急電車(583系)を各駅用に改造したわけですが、特急が長大編成で運用していたのに対し、各駅では3両程度の短編成で運用するため、運転台のある制御車が足りなくなり、仕方が無いので中間車両の端をスパッと切って無理矢理運転台を設置したのがコレです。
 車両限界の規格ギリギリの背の高い寝台車がタネ車であるため、切断面が六角形の極めてノッペリとした顔で、これが食パン(正確にはイギリスパンですね)に似ていることから『食パン電車』とあだ名されたのでした。

  

 因みに、元の寝台特急時代の顔の先頭車も残っています。左側が昨年乗車した寝台急行「きたぐに」で、カラーリングこそ変わっていますが、オリジナルの状態です。右側が各駅用に改造されたもの。ヘッドマークの部分が埋められております (つД`)゚。

  

 車内の改造状況。左がオリジナルのB寝台で、右側が改造後の座席です。元が寝台であったため、足元が非常に広く快適ですが、このため座席数が少なくならざるを得ず、通勤車両としては非常に効率の悪い設計なわけです。

  

 サムネイルだと分かりにくいですが、左側画像は車内の様子。荷物棚がありますが、その位置から考えるといかに天井が高いかがお分かりいただけるかと思います。
 窓の上に妙な出っ張ったカバーがありますが、実はここに上段・中段寝台の設備が納められています。普通なら撤去する筈ですが、予算が無いため単に封印するだけで済ましています。いかに当時の国鉄の台所事情が苦しかったが分かる部分ですね。
 右側画像にあるとおり、特急当時のテーブルも残っております。説明表示は撤去されていますが、瓶ジュース用の栓抜きもまだ残っています(笑)。シート脇には無理矢理な肘掛がありますが、これも特急当時の名残です。寝台利用の時に携帯電話とかカメラを置くのに重宝しました(笑)。



 これも特急当時の名残である折り畳み式の折り戸。特急時代は乗降が少ないから問題ないですが、通勤電車としてはこの狭さは致命的で、乗降に手間取ることで遅延の原因になっているのだとか。

  

 こちらも銘板を見てみたところ・・・おぉぉ、コイツも昭和43年生まれではないか^^;
 昨晩の能登の489系と同じ「近畿車輛」で同じ年に製造された車両でした。辿った道は違えど、お互いに哀れな末路を迎えていて切ないですなぁ。
 左側の「金フイ」とは、車両の在籍を示す記号です。現存の食パン電車は全てJR西日本の金沢支社・福井地域鉄道部の敦賀運転区所属ということで、この表記になっています。まるで「金をフイにする車両」といってるようでゲンが悪いですな^^;


 「食パン電車」は、北陸以外にも九州の長崎・佐世保地区や東北の仙台地区といった交流電化区間に投入されました。今から10年ほど前の無職時代の私は、当時仙台に住んでいた景勝宅に居候させてもらっていて、カラーリングは異なりますが、この食パン電車をしょっちゅう見ていたものです。そんな特殊な時期に触れていたものですから、今回殊更こだわったのでした。


 食パン電車には糸魚川駅まで乗車しました。糸魚川駅でには、もう一つ目的がありまして、、、



 こちらも国鉄時代の遺産である気動車キハ52です。大糸線に全国で唯一残されていましたが、残念ながらこれも来月3月のダイヤ改正で新型車両に切り替えになるそうです。
 大糸線では国鉄時代のカラーリングを再現するという、大変嬉しいサービスを行っており、3両在籍しているうち朱色一色、朱色とクリーム色のツートン、そしてこの青とクリーム色のツートンの3種類がありました。時代の新しい順に列挙しましたが、この青のツートンは昭和40年代のカラーリングで、さすがに私もリアルでは見ていません。しかし子供の頃に見ていた本に載っていた色を、今になって目にすることが出来て感無量でしたねぇ~。


 時間はまだ朝の9時。予想外に早く目的を達成してしまいました^^;
 朝食がまだだったので、とりあえず富山方面に戻るべ・・・と思ったところで丁度富山行きの各駅列車が来たので、それに乗車しました。。。



 ぐはぁ、また食パン電車ですがな^^;
 前回は散々探したにもかかわらず乗車できませんでしたが、今回はやたらと食パン君に遭遇しました。もうおなかいっぱい(苦笑)。

#「ぶらぶら観光篇」につづく、、、
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Author:猫提督
PCやクルマ等のイジり、それにビールと深夜徘徊を愛する。酸いも甘いも辛いも何でも食うロクでなし。

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